「食欲の秋」というだけあって、秋は大地の恵みにあふれた食材が豊富な季節。
秋を感じさせる食材をメニューに取り入れて、味覚による季節の移り変わりをお客様に感じとっていただけたら「料理人冥利に尽きる」というものです。
さて、今年の夏もとても暑い日が続きました。
街中生活者にとって暑さはげんなりするものですが、"夏が暑いと秋は豊作"です。
たっぷりの陽射しは、食物を良い状態に育ててくれるのですね。
おそばもそのうちのひとつ。これから出回るそばは、まさに夏の太陽をたっぷりあびた"旬"の新そば。そばは陽射しが強いほど出来がいいといわれ、今年はなかなか上出来のようです。
おそばはアレンジ次第で意外とメニュー・バリエーションが広がる食材。
季節の野菜をたっぷり添えてサラダ感覚で食べてもおいしいし、そば粉を使ったスイーツは、ヘルシー志向の女性にも喜ばれることうけあいです。
今年の秋のシーズンメニューに"おそば"をアレンジしてみてはいかがでしょう?
メニュー開発をするために、まずはその食材についてよく知っておくことが大切です。
今月は、<おそば>という食材についてお話します。
そばの旬
朝夕の風に秋の気配を感じる頃、「今年もそろそろ新そばの季節」とうれしくなります。
"旬"と言う言葉が形がい化して一年中いつでも食べられる食品の多い中、「新そば」はやはり秋のもの。新鮮なそばの香りは、その時期にしか味わえない贅沢です。そばは「挽きたて」「打ちたて」「茹でたて」が一番おいしいというように、『瞬間を味わう』食べ物。収穫したてという「瞬間」がそこに加われば、美味しくないはずありません。「新そば」には日本人の好む「香り」「味覚」「歯ごたえ」「のど越し」といったおいしさの要素が全て備わっているのです。
また最近はそばの栄養価と食品としての機能性も見直されています。時代の要求である「ヘルシー食」としての評価も高まっています。「ざるそば」や「天ぷらそば」といった通常の食べ方だけではなく、そば粉のクレープやそば米のおかゆなど、いわゆるスローフード的な食として若者にも受け入れられています。
このような視点から見れば、縄文時代から栽培されてきた「そば」もまだまだ新しい食べ方や料理の可能性を持っていると言えるでしょう。「新そば」の出回るこの時期に、いろいろなそばのメニューを研究してみましょう。
1.植物としての「ソバ」
そばは米や小麦とは違って穀類ではありません。穀類はイネ科の植物ですが、そばはタデ科ソバ属です。その中の数種類が食用のそばとして栽培され
ています。土地をえらばず、栄養が少ないやせた土地であっても水はけさえ良ければ栽培できますので、水田の作れない山間部などでは、人間のエネル
ギーの供給源として重要な役割を果たしてきました。
平均気温が低く昼夜の温度差が大きくなるほど、そばはおいしくなるといいます。また種蒔きから収穫まで60日〜90日と短期間で生育します。夏に香
りの良い白色か淡いピンクの花をつけ、年二回(夏そば、秋そば)の栽培が可能です。早めに収穫する夏そばよりも、10月頃に収穫する秋そばの方が香りもよく、おいしいものになります。しかし収量は米などよりかなり少なく、また熟し過ぎるとそばの実は落ちやすいため、米なら600Kg収穫できる広さで、そばは90kgしか穫れません。

2.農作物としての「ソバ」
日本産では信州信濃(長野県)のそばがおいしいとされていますが、収穫高の多いのは北海道。日本全国で年間約2万トンの生産量のうち、北海道で
約1万トン、次に鹿児島県、長野は3番目です。その他は福島県、茨城県などが生産地です。一方消費量は約13万トンで、不足分は中国からの輸入が
多くなっています。中国雲南省が発祥の地といわれ世界各国で栽培されているそばですが、最近では世界的に生産量が減少しています。
3.食べ方<その1> 粒食と粉食
そばの食べ方には、粒食(そば米)と粉食(そば粉)があります。粒食は食べ方として最も原始的なもので、玄そば(殻のついたままのソバの実)から「殻」を取り除いた「むきそば」にして調理します。むきそばを
「そば米」と言うこともありますが、「そば米」は、この「むきそば」を加工してより食べやすくしたもの。そばの実を甘皮ごと食べるわけですから、ビタミンやタンパク質といった栄養素や食物繊維も多く、健康食品といえます。そばの実を使ったレシピは、近年の健康食ブームから注目が高まる「マクロビオティック」に多くあります。
そばを麺にするには、製粉しなければなりません。そばの製粉は、まず「殻」を取って「抜き」と呼ばれるものを作ります。その作業中に割れた実は「割れ」といいますが、製粉するときはこの「抜き」と「割れ」を段階的に粉にしながら、そのつど篩(ふるい)にかけて数種類のそば粉をとりだします。石臼で粉にしていた時代は、もちろん全粒粉。甘皮のたっぷり入った黒っぽい粉だったでしょう。現代はロール製粉という方法が主流で、取り分ける順に一番粉(内層粉)、二番粉(中層粉)、三番粉(表層粉)と分けています。
一番粉は、抜き(割れ)を軽く挽いた段階で篩にかけたもので、紛状質の胚乳中心部が主体となります。主成分はデンプンで、タンパク質は少なく灰分がごくわずかであるため、白くさらさらとした粉で、ほのかな甘みを持っています。これを麺にうつと、そばらしい風味には欠けますが、滑らかなテクスチャーの上品な味わいのソバになります。
一番粉を取った残りからさらに製粉を続けて取り出されるのが、二番粉。一番粉に入らなかった胚乳や胚芽も入るため、そばらしい香りと風味に優れたやや緑黄色の粉になります。
麺にすると一番おいしいといわれる粉です。
二番粉の後に取り出されるのが三番粉で、甘皮の一部も挽き出されるためやや黒っぽい濃い色をしています。甘皮が入ることによりそば本来の香りは強くなり栄養価も高いのですが、繊維質が多いために食味は劣るものになります。
4.食べ方<その2> 生麺と乾麺
石臼が普及してから粉食の原型(そばがき)を作るようになりましたが、その後16世紀の後半に粉食の到達点である「そば切り」に発展してきたと
考えられています。
そばの実は三角錐で、玄そば(殻のついたままのソバの実)は外側から「殻(果皮)」「甘皮(種皮)」「胚乳」「胚芽(子葉部)」となっています。各部分の成分組成は大きく異なり、そばの風味や麺のつながりに関係するタンパク質は、甘皮:約45%、胚乳:約4%、胚芽;約35%です。
そばの色に関係する灰分は、甘皮:約7%、胚乳:約1%、胚芽:約5%です。
麺に打ってすぐに茹で、冷水でしめた「さるそば」が、そば本来のおいしさを味わう方法。しかし手打ちそばは、経験と勘が必要といわれる職人の領域です。スーパーなどでは生麺をゆでてすぐに食べられるようにした「ゆで麺」に人気があります。これは一人前約150g。お蕎麦好きの方にはちょっと少ないでしょうか。お店で食べるときもほぼそのくらいの量です。乾麺は保存が利きますので、食べたい時にゆでればいいのですが、袋詰めのものの
量目は様々です。だいたい二人前で150gほど、ゆでると一人前は生麺とほぼ同じ量になります。
5.保存について
そば粉を保存するときは、冷蔵庫で数カ月というところです。そば粉は温度、湿度、光、酸素に敏感です。そばに含まれる酵素は特に酸化作用が強く、わずかな環境の変化で変質して品質の劣化を招きます。ですから湿気ないように密封して、できるだけ早くお使い下さい。もちろん常温保存は避けて下さい。そばの命である香りが飛んでしまいます。
生麺は、脱酸素材入りのもので1〜2か月程度。常温保存でいいのですが、汗をかくような場所は避けて光を防いで下さい。
ゆで麺は、消費期限内で必ず食べきりましょう。生鮮食品です。
乾麺は冷暗所保存。できるだけ気温の高くならない場所で、乾燥している方が良い状態を保てます。腐らないからと安心していると、ノシメガという
虫が卵を産みます。乾物に産卵する「ガ」で、椎茸やそうめんなども要注意。どこからともなく侵入するので、缶などに入れて保存した方が無難です。
そして最後に重要なことは、どのような形状でも消費期限や賞味期限を守ること。適切な保存がなされていれば、その期限内はおいしく安全に食べられます。家庭での消費とは違って、飲食業としてお客さまに食べ物を提供するわけですから、おいしさと安全は同等です。「1日ぐらい大丈夫」という慢心が大きな事故を引き起こします。おいしさと安全に100%の自信を持ってお客さまに提供するよう、スタッフ全員で心掛けて下さい。
6.そばの栄養価
a.アミノ酸
もちろんエネルギー源となるデンプンが主成分ですが、特筆すべきはタンパク質のアミノ酸組成の良さです。人間に不可欠のアミノ酸が、ほぼ牛乳と
同じ割合で含まれています。しかも米や小麦に不足するリジンが多く、成長期に大切なこのアミノ酸を多く含むそばは、子供たちにもっと食べてほしい
食品です。植物性食品ですがタンパク質含有量が多く、消化の良いデンプンであることも含めて、大人たち特に高齢者のヘルシー食としても有用です。
ただそばつゆなどの塩分には注意が必要です。
b.ビタミン
そばはビタミンB群の宝庫。とりわけビタミンB1とB2は精白米の4倍も含まれています。B1はエネルギー代謝に関係する栄養素で、疲労回復、イライラや食欲不振の解消に効果があります。B2は発育のビタミンともいわれ、各種の代謝系のコエンザイム(補酵素)として重要な成分です。また口内炎などを治すビタミンですから、粘膜を保護して健康に保ちます。やや遠回りですが、風邪などの予防にも役立つということです。
c.ポリフェノール
メタボリックシンドロームなどということが騒がれて、高血圧により注目が集まっています。脳の毛細血管がつまると脳梗塞やくも膜下出血の原因と
なります。そばのポリフェノールであるルチンは、毛細血管を強化する機能を持ちますので高血圧予防に効果があります。ルチンは抗酸化作用もあり、生活習慣病の原因となるフリーラジカルの解消に役立ちます。抗酸化作用を持つ成分は、ルチンの他カテキン類も豊富に存在します。カテキンは緑茶の成分としてよく知られていますが、抗酸化作用、抗変異原性(癌の予防)、血圧降下作用、抗菌、抗う食(虫歯予防)、抗HIV作用を持ちます。
そばのいろいろ、いかがでしたか?「そば」「ソバ」「蕎麦」と書き方も様々で、どれを使うべきか迷いました。日常になじみのそばも、きちんと向き合ってみるとなかなかの食材。現代の食を考える時、日常の中の新しさはきっとお役に立つことと思います。

(文/いだようこ)