楽しくなければ人生じゃない、美味しい食事と長期のバカンス、一度知ったらやめられないフランス人的生活。お洒落、キザ、英語が通じない...なんて風評もなんのその。パリを一歩離れればのどかな田園風景が広がる大農業国。山の幸、海の幸満載の地方の生活と美食のルーツ、フランスのちょっとタメになるおもしろ話をご一緒に。
フランスは自然と美食の宝庫、食道楽者の憧憬は尽きず... が、やっぱりネックはフランス語?
まずは、フランス語の四方山話からスタートです。
フランス人はフランス語しか喋らない?
そんなことはありません。でもフランスではフランス語を少しでも知っている方が断然面白い。誰だって外国人が自分の国のことばを話せば嬉しいものです。それに地方を旅したり、土地の人に混じって市場や庶民的なレストランに行くなら、やはりフランス語で話す方が温かく受け入れられます。
最初は挨拶の<ボンジュール>から、自分から話していくことも大切ですね。
フランス語を使っている国は?
フランス語はフランスの他に、ヨーロッパではベルギー、スイス、モナコ公国、リュクサンブール公国で公用語として、それからカナダのケベック州、カリブ海のハイチ、マルチニック諸島、それにタヒチ、ニューカレドニアで、アフリカ大陸でも、カメルーン、コート・ジボワール、モロッコ、アルジェリア、チュニジア、マリ、セネガルなどで話されています。
フランス語を最初に使ったのは?
今から2000年以上前、今のフランスあたりに住んでいたのはガリア(ゴール)人です。彼らはガリア語を話していましたが、紀元前52年、シーザー率いるローマ人の侵攻でラテン語が到来、このニ言語がガロ-ロマン語として発達します。紀元200年以降はゲルマン系のフランク族がこの地に攻め入り、ガリア語、ラテン語、フランク語が古典フランス語の礎となりました。このフランクということばがフランスに結びついていきます。
フランス語ってむずかしい?
「フランス語って発音とか文法とかむずかしそう...」と敬遠されがちですが、カフェオレ、パン、ムース、パフェ、オムレツ、ソース、オードブル、シネマ、プレタポルテ... 一度は耳にしたり使ったことがあるはずです。
最初は興味のあるところから、例えばメニューにある言葉とか、買物や注文に使うひと言、旅行会話からというのもいいですね。ことばを知ると文化が見えてきます。そこにいる人たちが毎日使っているものなのですから。
フランス語を使ってみよう!構えず気軽に"まずはシンプルな言葉から"
もしすぐにフランスに行かなければならない!となったら最低限知っておいたほうが良いのが簡単な挨拶や返事。
「おはよう」、「こんにちは」:<ボンジュール> Bonjour
「こんばんは」:<ボンソワール> Bonsoir
「ありがとう」:<メルスィ> Merci
「さようなら」:<オルヴォワール> Au revoir
「すみません」(呼びかけるときにも):<パルドン> Pardon
「〜をお願いします」(買い物や注文に):<〜スィル ヴ プレ> ..., s'il vous plait
「はい」は<ウイ>Oui、「いいえ」は<ノン>Nonです。これははっきり言いましょう。
さて、ここからはフランスの景色をご堪能いただきます。
パリと地方のミニガイド
◆パリ <一度住んだら忘れられない魅力の秘密>
人生のどの時期にパリに住むかによって人生に与える影響は違ってくると思います。"もしそれが若い時であったら、パリは残りの人生にずっと影響を与えるだろう"作家の言葉だったと記憶していますが、案外、言い当てていると思います。
パリ市内は山手線内にすっぽり収まってしまう程度の大きさ。何がいい!といえば、このコンパクトなところ、散歩しながら街を楽しめることでしょう。セーヌ河、エッフェル塔、凱旋門...名所を目印にパリ初心者でもひとり歩きを十分堪能できますのでぜひトライを。
一口に小さいと言ってしまいましたが、それでもヨーロッパの他都市の規模から言えばパリは大都市です。パリは20区に分かれ、各区にそれぞれ違った特徴があります。デパートが建ち並ぶ商業地区、美術館や名所が集まる観光地区、高級ブティック街、学生街、高級住宅街もあれば下町風の庶民的地区もあります。
中心地にはあらゆる分野の専門店、いわゆる老舗が多く、「伝統」が息づく大人の街です。
◆地方を一巡り <フランス=パリじゃない、フランスの地方はとても魅力的>
パリから西へ、大西洋に臨むブルターニュ地方はイギリスの影響を強く受けています。5世紀頃、この地にイギリスからケルト人が侵入、以来、独自の文化が形成され、今も「ブルトン語」という地方のことばが大切にされています。可愛らしい民族衣装を描いたパッケージが目印のサブレ、そば粉のクレープ、シードルが有名です。
北フランス、ノルマンディ地方には、世界遺産のモン・サン・ミシェル修道院があります。満潮時には海に囲まれ、修道院はポカリと海に浮かんだように見えます。俗世間とのかかわりを避け、自ら孤立状態を求めたのです。フランスでも有数な観光地ですが、その姿は昔のまま、食ではふわふわオムレツが名物です。
パリから東南方向のブルゴーニュ地方へ。昔、強大なブルゴーニュ公国の首都であったディジョンから食通の街リヨンまで、ワイン街道が続いています。フィクサン、ヴォズ・ロマネ、ニュイ・サンジョルジュ、ボーヌ、ポマール... ワインラベルに名を刻むブルゴーニュの小さな村々、ワイン愛好家は、コート・ドール(黄金の丘と呼ばれるなだらかな丘陵地帯に広がるブドウ畑の風景)を見ながらワイン醸造所巡りを楽しめます。リヨンには高級レストランだけでなく、ブッションと呼ばれる家庭的なレストランが軒を並べ、夜遅くまで賑わっています。
南フランス、地中海沿岸のコート・ダジュール、プロヴァンス地方は、皆が憧れる太陽の光りが溢れる地方です。ゴッホの絵のモチーフにあるようなひまわり畑、紺碧の海、オリーブや豊富なフルーツ、野菜一杯のラタトゥイユ、港町の漁師料理ブイヤベースなど自然の恵みを生かした料理がたくさんあります。カンヌ映画祭やモナコ公国でのカーレースの開催時には世界中の視線が集まります。
大西洋沿岸にはボルドーワインで有名なアキテーヌ地方が広がり、スペインとの国境、ピレネー山脈のふもとにはバスク地方があります。バスク民族は力持ちで勇士の民と評判で、お祭りのイベントで丸太割りや巨石を使った競技会などが催されます。ガトーバスクや生ハムも有名です。
王侯貴族が残した美しい城を見学できるのが、「フランスの庭」と呼ばれるロワール地方です。ダ・ヴィンチの設計とされるシャンボール城、6人の城主が全て女性だったというシュノンソー城、眠れる森の美女の舞台というユッセ城など、城の数だけ物語があります。
パリ周囲のイル・ド・フランス地方はブルボン王朝の舞台でヴェルサイユ宮殿はここにあります。王侯貴族の栄華と絶大な権力の象徴、宮殿と庭園は必見です。優雅な城館がたくさん残され、貴族が狩猟を楽しんだフォンテンブローの森や偉大な芸術家を輩出したバルビゾン村には多くの人が訪れています。
フランス人的こだわり"すべては「美味しいもの」を求めて"
◆「君がどんなものを食べているか言いなさい。君が何者か言ってみよう。」
-ブリヤ−サヴァラン
いかにもフランス人的な台詞ですね。こんな言葉を残したサヴァランは、19世紀前半に司法官でありながら、料理研究家としても有名な美食家で、彼は料理芸術を科学の一分野として考えた美食擁護者でした。著書に「味覚の生理学」があり、後世に名を残すお菓子のサヴァランはパティシエのオギュスト・ジュリアンが彼に捧げたものです。
◆こだわりの「一言」が大切?
「バケット1本ください!」ブランジュリーの店先ではこれに続く"一言"をよく耳にします:<pas trop cuite>:焼き過ぎてないのを!、<bien cuite>:よく焼けてるのを!、中には<bien noire>:焦げ目があるのを!なんていう人も。毎日の食卓にのぼるバゲット、日常不可欠なものだから焼き加減も重要なんでしょうね。とはいえ、日本ではあまり耳にしないかも。
チーズを買うときは熟成度をチェック、ワインと食事のマリアージュに悩み、ショコラティエに行けば目が輝く...さすが、食へのこだわりは"フランス人だ"といつも感心いたします。
◆フランス人を描いた本にあった小噺
マダムがカフェ定番のステーキ・フリットを注文。「塩は片面だけ、胡椒は控え目にね。焼き過ぎに気をつけて、それから...」ウエイターは一言一言に丁寧に「ウイ、マダム... ウイ...」と相槌をうっています。全て伝え満足げなマダムを見届け、ウエイターは踵を返して厨房に向かってたったひと言「ステーキ、一丁!」
フランスの美食の歴史
"白パンに憧れた庶民と豪華絢爛な宮廷料理事情〜現代"
◆修道院の豊かな食生活
中世における修道院の食事の豊かさには驚かされます。広大な農地と牧畜を営む修道士たちはそろって健啖家で、食卓にはチーズ、酒、豚肉のご馳走、パンが並びました。今でもチーズなどの乳製品やお菓子には「○○修道院」という名前がついたものが数多く残っています。
修道院というイメージからすると???なのですが...
◆権力の象徴<王侯貴族の宴>
・タイユヴァンの活躍
中世の王侯貴族は年150回もの宴を催し、富の象徴である贅沢な宴会を成功に導く料理人の才能は高く評価されました。王家の料理人タイユヴァンは1388年に筆頭料理長になり、ヴィアンディエという書を残し、後世の料理人に影響を与えました。
・中世の大飢饉
貴族が贅沢な食生活を謳歌する一方で、一般庶民は度重なる飢饉に苦しみ、人々は白パンを夢見ながら、雑穀入りの黒パンでしのいでいました。この頃、大西洋のかなたから、ジャガイモ、トウモロコシ、トマト、インゲン豆が伝えられましたが、外国産の食べ物は物珍しさから貴族の心はとらえたものの、庶民には頑なに拒否され、食卓に浸透するまでにはかなりの時間を要しました。
◆17世紀のフランス宮廷"命がけで宴を仕切る給仕長(MAITRE D'HOTEL:メートル・ドテル)
王侯貴族にとって宴会と料理は相変わらず最大の関心事で、特に宴会を仕切る給仕長(MAITRE D'HOTEL:メートル・ドテル)の存在は絶大でした。調理場、献立、買付けなどすべて行い、料理を招待客に出す時刻も重視されました。映画にもなった有名な給仕長:フランソワ・ヴァテルは魚介の到着が遅れ、食事が定刻に出せないと思ったのが原因で、自らの命を絶ったと伝えられています。
礼法上、重要な問題を話せるのはデザートの時だけ。すなわち気分がほぐれた頃にというわけです。このようなフランス宮廷のしきたりが作法の規範となっていきました。
◆18世紀の食の変化
庶民の食糧難は日常的でしたが、街には食料品店やショコラティエ、仕出屋、祝日にはレストランが出現するなどの変化も見え始めました。ルイ14世の没後、多くの料理人が外国に流出し、フランスの料理人の「フランス風」の調理法が各国の貴族の食卓でもてはやされました。
◆レストランの増加
フランス革命(1789年)のためにパリにフランス各地から代議士が集結すると、彼らに食を提供する「レストラン」も急増、1789年にはわずか50軒程でしたが1815年には3000軒を数えるほどになりました。人々は懐具合でレストランを選別し、芸術のような料理を出す店、日替わり定食のある手軽な店、ビストロ、仕出屋とそのカテゴリーも多彩になりました。「美食評論家」も現れ、流行の店や食通としての知識など...様々な情報が一般に提供されるようになりました。
◆19世紀の産業革命から現代へ
産業革命で厨房は一変します。レンジの出現で、料理人は、時計、秤、火加減を操ることで、複数の作業を同時に進行すること、料理の均一化を可能にしました。レストランの地位の向上、給仕長によるサーヴィスも重視されるようになりました。20世紀になると地方や外国料理にヒントに様々なレシピが考案されるようになり、現代につづく飽食の時代が到来するのです。
ちょっとカルチャー
◆食事に招待されたら
ディナーには約束の時間より早く到着しないように、ほんの少しくらい遅れるくらいという場合もありますが、待てない料理!を準備されているときもあるので、気をつけてください。ちょっとした手土産、花束、チョコレートなどをもっていくのが良いでしょう。
◆テーブルにつくときは
家長の右隣には招待客の中で一番重要な女性が座り、同様に女主人の右隣には一番重要な男性が座ります。それからできれば女性と男性が交互になるように、年齢、共通項、その他を考慮しながら席を決めます。
食卓は料理を味わうためだけのものではありません。フランス人は話し好きで食卓でもお互いを知り、話し、楽しい時を持とうとします。ですから、食事の時間が長くなります。人を不快にするような話題、それから政治や宗教についての話題は避けた方が無難です。
◆ことわざ
縁起をかついだり、格言やことわざにも、食べ物が使われることがあります。縁起が悪いということで「13人で食卓につく」はご存知かもしれませんが「パンを裏返して置く」や「食卓に塩をこぼす」も同様です。こういうときは左肩に塩ひとつまみをかけると厄払いになるとか。
パンは食糧や生活の糧の比喩でよく登場します。
「額に汗してパンを稼ぐ=辛い仕事をする」、「白パンを先に食べる :=先に楽をする」「小さいパンのように売れる =あっという間に売り切れになる」、「このパンは食べない =この話には乗らない」など、フランスではパンが昔から生活に重要だったことがよくわかります。
最後に"原点にふれる旅を!"
パリを出て30分も走ると広大な田園風景がどこまでも続く田舎の風景が始まります。牛や羊がのんびり日を浴びる緑の牧草地、小麦畑は果てしなく、森林の深緑と水量豊富な大河に驚かされ、手入れされたブドウ畑が季節ごとに姿を変えます。これがフランスの底力で農業国としての余裕の姿なのでしょう。素朴なフランス、スローライフそのままの地方の素晴らしさを是非多くの人に知ってもらいたいと思います。
買い物だけではもったいない。フランスに行かれる際は、その文化の原点にふれる旅をぜひ楽しんでください。
(文/ジャメ・サイトウ 珠恵)
◇フランス留学、レストラン修行などを予定され語学レッスンをとお考えの方、ご相談等承ります。また、自店メニューのフランス語表記チェックなども承っております。"
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